【インタビュー】仕事は『誰かの隣で生きること』

【インタビュー】仕事は『誰かの隣で生きること』

なんだか最近、元気が出ない。でも、病院に行くほどのことでもない。

そんなとき、隣で話を聞いてくれる人がいたら…。

永谷由美さんは、そんなときに「どうしたの?」と声をかけてくれる、「町のお姉さん」のような存在です。

 

りんご園で生まれ育った白衣を着ない天使

「コミュニティナース」という言葉を聞いたことがありますか? ナースというと、豊富な医療知識を持ち、白衣を着て病院で医師をサポートする人のことを想像する人が多いと思いますが、コミュニティナースと呼ばれる人びとのフィールドは病院ではありません。彼ら、彼女らは、地域の暮らしの中に入り込み、まちの人たちの心身の健康のために活動を行っています。

山元町でりんご園を営む家に生まれ、企業の保健師として働いている永谷由美さんは、1年ほど前からコミュニティナースとしての活動をはじめました。

定期的におこなっているのは、仲間が開くバーの片隅で持参した血圧測定器や聴診器を使い、気軽な雰囲気で健康相談にのること。保健師として働く職場でも、同僚や警備員さんのところへちょくちょく足を運び、相談にのっています。永谷さんの予期せぬ行動に当初は戸惑いを見せていた警備員さんも、今では心を開いてくれるといいます。

 

「そっと隣に寄り添える存在になりたい」

子どもの頃は養護教諭に憧れていたという永谷さん。中学校時代、校則に反発するような生徒も保健室では素の顔を見せていて、優等生だった永谷さんにも気さくに話しかけてくれました。保健室は、養護教諭が作る特別な空間だったのです。「いろんな人の隣に寄り添い、ほっとする空間を作りだせる存在」。いつしかそれが、永谷さんの目指す姿となりました。

大人になり、医療の現場で働くようになりましたが、病院や学校という枠を超えて地域に働きかけたいと思うようになり、地域包括支援センター(市が設置する介護・福祉・医療などの市民の相談窓口となる施設)へ転職します。

まちの人と直接コミュニケーションをとることが楽しくて、永谷さんはよく現場へ出向き、地域住民の話し相手になっていましたが、ある日、こう言われたのです。「永谷さんって、よく見回りに行っているよね」。

私は地域の人びとの隣に居たかったのであって、“見回り”に行っていたつもりはないのだけど…。そのとき、永谷さんの中に、小さな違和感が生まれました。

 

コミュニティナースという“生き方”

そんなときに出会ったのが「コミュニティナース」という新しい考え方でした。地域の中で直接人びとにはたらきかけるその在り方が、まさに永谷さんが理想とする姿に重なり、思い切って、島根県で行われていた育成プログラムの3期生になります。そして講座修了後、コミュニティナースとしての活動を始めたのです。

「コミュニティナースは職業というよりは概念」と永谷さんは言います。人びとのそばにいて、みんなを笑顔にする方法を考える人。それが、永谷さんにとってのコミュニティナースなのです。

ある時、山元町が実施する健康診断の受診率が低いことを知り、気になってまちの人にヒアリングしたことがありました。そこで「異常が見つかって、仕事が続けられなくなることが怖い」という住民の思いを知り、知人の保健師に伝えました。

目の前にいる住民に寄り添いながら、保健師としてのキャリアも経験している永谷さんだから、住民と行政サービスの間をつなぐことができるのかもしれません。

まわりの人の笑顔が大好きだという永谷さんのお話を夢中で聴いているうちに、取材する私たちも穏やかな気持ちになり、自然と口元が緩んでいることに気がつきました。永谷さんの温かさが、こうしてこれからも山元町のみなさんの笑顔を作り続けていくのだろう―――私はそう確信しました。

 

<取材担当者>

ライター 加藤真穂

写真 泊昌史

編集 清水葉月

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