【インタビュー】都会っ子が山元に移り住んだ理由

【インタビュー】都会っ子が山元に移り住んだ理由

「アリゾナみたい」。山元町の印象をそう語る、越智はるかさん。幼い頃より親戚がアメリカに多く住み、海外との接点が深く高校時代にはアメリカへの留学経験を持つ。15年勤めた有名なコーヒーチェーン店「スターバックス(Starbucks Corporation)」を辞め、最近名古屋から山元町へ移住したばかり。

現在は「株式会社GRA」の社員として働く。入社早々に海外案件を任され一人香港へ派遣されるなど、大活躍。自分の意思を強く持ち、目標に向けた努力は怠らない。そしてかならず結果を生んできている。そんな彼女がなぜ山元町と出会い移住することを決意したのか。そして今後の目標を伺った。(2017.2.14 聞き手 橋口博幸)

アメリカかぶれだったんです

東京都新宿生まれ、都会っ子なんです。今も実家は東京です。父方の親戚がみんなアメリカに住んでいることもあって海外が身近でした。小さい頃から海外に接点があって、おじさんが軍人だったこともあって横須賀の基地に行ったりとかもしていました。父はすごくコーヒーが好きで、小さい頃から家でもコーヒーをいれたりしていたんです。

また、父の兄弟や親もみんなアメリカに住んでいて、アメリカかぶれだったんですね。小さい頃からご飯のことを「ライス」って呼んでいました。だって「お皿」で出てくるんですよ(笑)。父は厚木出身で戦後の生まれで、アメリカに対する憧れが強かったんですね。よくアメリカのドラマをテレビで見たり、おやすみのときに「グッナイ(good night)」って言っていました(笑)。家族の食事もタコスサラダとかステーキが出てきたり。

そういうのもあって、アメリカの会社に入りたいっていう思いは私の中にありました。高校生の時に働いていたファミレスは「カリフォルニア レストラン」や「COCO’S」。私、最近気づいたんですけど、ミーハーなんです(笑)。

アメリカ留学

高校1 年の夏休みに一人でアメリカに4 ヶ月くらい留学しました。アメリカの高校に行くつもりでしたけど、結局「日本の高校くらい出ていた方が良いかな」と思って日本に帰ることにしました。大学からアメリカに行こうと思ったんです。高校卒業後に父が病気になり、いろいろな事情で大学に行けなくなってインターナショナルスクールの専門学校に行きました。

当時四谷にあった英語で授業をする学校。そこに半年通ってからアメリカの大学に行こうと思いました。でも父が亡くなったこともあり、経済的にも苦しくなったので日本で働きながら、行けるときに(大学に)行くことにしました。アメリカに住む叔母に「いくつになっても勉強はできるから」って言ってもらったことが大きかったですね。それでひとまず働くことにして、フリーターでアルバイトをしながら生活しました。

小金井のゲストハウスに勝手に引っ越し

半年英語、そのあと半年イタリア語を勉強してから、20 歳の時に1 年半くらいアメリカに行っていました。アメリカでは移民などの人が行く、高校に併設の語学学校に入っていました。その後、またアメリカに戻るつもりでいったん日本に帰りました。日本では実家にいたんですけど息苦しくなっちゃって、小金井のゲストハウスに勝手に引っ越ししちゃったんです(笑)。

7 ヶ月くらい住んでいましたね。築50 年の4 畳半のアパート。すごくクレイジーな生活環境でしたけど、住人同士すごく仲良くて楽しくなっちゃって、アメリカに帰らなくなっちゃったんですね。そのまま昼はディズニーで働いて、夜は六本木の料亭で働いていました。私、仕事が好きなんですよ。だから苦にはなりませんでしたね。

初めて飲んだときの衝撃

22歳の時に転機があって、名古屋に住むことになったんです。私、ここ(山元町)に来る前に名古屋に15 年住んでいました。(名古屋に行った)理由は恥ずかしいんですけど、当時付き合っていた彼氏を追いかけて行っちゃったんです。バカですよね(笑)。でも3 ヶ月で別れちゃいました。若気の至りっていうんですかね。

名古屋ではスターバックスで働いていました。(働き始めた)15 年くらい前って、スターバックスが日本にちょうど出てきた時期。1997 年に銀座店がオープンして、どんどん店舗が増えている時期でした。日本で4 号店か5 号店目の店舗が横浜にできたとき、初めてスターバックスに行きました。「なんだこれは!」って思いましたね。

なんか「おしゃれなもの」があるんですよ。そのときはキャラメルマキアートとチョコレートマフィンを食べました。今でもすごく覚えています。初めて飲んだときの衝撃は忘れられないですね。すごく美味しかった。行ったのが横浜店だったからスタッフにもハーフの人など、外国の方が多い印象でしたね。それが名古屋に行く1 年くらい前でした。

スターバックスでアルバイトをはじめる

名古屋に行ってすぐ、1 週間後くらいにスターバックスでアルバイトをはじめました。それが2011 年の9月11 日。テロの日に入社しました。名古屋に新規オープンするということで、求人誌に募集が出ていたんです。ずっとそれまでサービス業をやっていましたし、語学もやっていたので採用されて、そこからずっと働いていましたね。気付いたらベテランになってしまいました(笑)。

仕事が向いていたんでしょうね。お客さんから期待されることも、それに応えることも楽しいし、オペレーションとかも組み立てていくのも楽しかった。(当時の)スターバックスは創業期だから勢いというかお祭りみたいな雰囲気があったんですけど、そういうのも自分にあっていたと思います。アルバイトから始めて社員になって、10 年くらい店長(ストアマネージャー)をやっていました。

経営大学院で学びながら

長く働いていたので途中転職しようと思って2011 年に大学院に行きました。最初にビジネススクールへ入って、その時の先生がグロービス経営大学院大学に推薦してくれました。グロービス経営大学院大学は大学を卒業していなくても、試験を受けて大学卒業と同等の学力があれば入れるんです。当時は店長をしていたので、睡眠時間が3 時間くらいでしたね。大学院の2 年間は勉強と仕事しかしていなかったですよ。2011年に通い始めて2014 年3 月に卒業しました。35 歳の頃ですかね。

そのときに(今働いている)GRA 社長の岩佐大輝さんを知りました。グロービス経営大学院の先輩でした。GRA には卒業生が多くいるんです。(東日本大震災後の)2011 年にNPO を立ち上げて、学内ではすごく有名なグループだったのでずっと知っていました。

私は絶対戻ってくるから

スターバックスでリーダーシップカンファレンスっていう大きな「店長会」が年に1 回あるんですけど、それを2011 年10 月に仙台でやったんです。東北大学が会場だったんですけど、そのときに今住んでいる亘理町の仮設住宅にカフェを開くっていうボランティアがあって、日本中のスターバックスの店長全員で行ったんです。

震災直後からスターバックスも「道のカフェ」っていって、Canon や松下政経塾と一緒に仮設住宅とかを車で回ってカフェを出していたんです。被災された方々に「コーヒーを振る舞ってお茶会をしていただこう」というプロジェクトで、例えばCanon さんは写真を撮ってプレゼントしたりしていました。

その一環で亘理の仮設住宅に来たんですね。そのときに、ご家族もみんな亡くされていて一人で住んでいらっしゃった年配のおじいさんと知り合ったんです。帰り際に「また来るね」とお伝えしたら、「ボランティアの人はみんな『また来る、来る』って言って誰も戻ってこない」って言われたんです。そこで「私は絶対戻ってくるから」って言ったんです。そのときからスターバックスの同僚と二人で年に1 回くらい、自費でスティック状のコーヒーを集めてこちらに送って、南三陸などの仮設住宅でお茶会をするっていうのを始めました。

有言実行しなきゃ

おじいさんに言われたことに対して、「私はそんなことないよ」って自分で言ったので、「有言実行しなきゃ」と思ったんですね。それがあって、ずっと亘理のことが気になっていて「いつか住みたいな」という気持ちがありました。復興に直接関わりたい、とかそういう気持ちじゃなかったんですけど、なんとなくこの辺りが好きなので、機会があれば戻ってこようかなという気持ちがありました。

亘理って居心地が良いんです。人が良い。親切な人が多いと思うんです。私って誰にでもベラベラ話しかけるので、どこに行ってもすぐ仲良くなるんですけど、特にこっちに来たときにいい人に出会ったって感じがありました。

これは私じゃなくてもいいかな

2016 年3 月末で15 年勤めたスターバックスを退社しました。辞めようと思ったのは、ある日、「もういいや」って思ったんですよね。当時はスタッフが40 人もいるようなすごく大きなお店で店長をしていたんですけど、とにかく忙しすぎて。スターバックスという会社自体も変わってきている感じがしてきていて。当時は日本のスタバがちょうどTOB されて、完全に100% 外資系の会社になったタイミングだったんです。

それで創業期からいた、私自身お世話になった方々がどんどん辞めていったんですね。新しい人も増えてきたので、「これは私じゃなくてもいいかな。もういいや」って思った瞬間があって。だから未練があるとかではないんです。今も(スターバックスを)すごく好きなのでしょっちゅう行きますし、新商品が出たらすぐに買いに行きます(笑)。大ファンなんだけど「自分が関わらなくても良いかな」と思った瞬間があって、割とあっさり辞めちゃいました。私、白黒がすごくはっきりしているんですよ。給料や待遇も悪くないので、今でもすごくいい会社だなって思います。

スターバックスのブランドを大好き

(一人の)お客さんとして商品も好きだし、働いている人も感じが良くて嫌な気持ちになることはありません。そのブランド化はすごいと思うんですよね。スターバックスって、働いている人たちがそのブランドを大好きなんですよ。売上の何%かは働いている人たちが買っています。

新商品が出たらとりあえず買うし、社員でも15%OFF くらいにしかならないけど、みんな買うんですよね。マグカップが出たら買ったりとか。好きじゃないとやっていけないところもあります(笑)。とにかくハードですし。

働いている人たちがいいなと思ったんです

退社して勤めた会社は社内ベンチャーで、三重県の魚をつかった赤ちゃんの離乳食を販売する会社でした。三重県の紀北町という過疎化の進む、すごく田舎の会社なんですけど、私の住まいは名古屋だったので月に2 回程行く以外は遠隔で仕事をしていました。事業内容が面白いなと思ったし、ベンチャーに興味があったので就職したんですけど、入ってみると自分のパフォーマンスを発揮できなかったんです。

来てくださいって

もともと半年契約だったので更新をせずに辞めて、そのあとGRA に来ました。GRA に初めて来たのは去年(2016 年)のGW です。「イチゴ狩りの人手が足りない」っていうFacebookの投稿を見てきたんです。それは偶然目にした記事だったんですけど、「行っていいですか?」ってGRA にメッセージ送ったら、「来てください」って連絡がきて初めて来たんですね。

私ってびっくりするくらいどこにでも馴染むんですよ。来たときは2 泊3 日くらいのつもりが「人が足りない」っていう状況が続いて、結局6日くらいいました。そのときに「ミガキハウス(GRA の宿泊施設)」に泊めさせてもらっ
ていたんです。そのとき副社長の橋元洋平さんに初めて会って、人柄とかにすごく惹かれて。単純に、携わって働いている人たちがいいなと思ったんですよね。

すごくいい図書館なんです

退職してすぐは自分でカフェをやろうかな、とか考えていました。でも経営って学べば学ぶほど、そんなに簡単にはできないなっていうのもわかるようになりました。すごくリスクを考えるんですよね。なかなか思い切ってできないな、と思います。やりたいネタはたくさんあるんですけどね。

今は自分で、カフェじゃなくてもいいんですけど、人が集えるような空間を作りたいなとは思っています。いろんな人たちが分け隔てなく働けたりとか、集える場所っていうのをつくりたい。求められているものを、求められている場所でやりたい。そしてのんびりやりたい。せかせかせかせかしたくない。

スターバックスでの仕事は今思うと信じられませんね。すごく忙しくて、せかせかしていましたし。今はものもそんなに所有したくないし、山元町へ来てまだたったの2 週間ですけど、変わったところかもしれない。当時は稼いだらその分、ブランドものを買ったりとかしていましたけど、今はそんな欲もないですね。所有するのが好きじゃない。

免許がなきゃ生活できない

こっちに来て最初に亘理町の図書館に行ったんです。すごくいい図書館なんです。本が綺麗でたくさんあって。名古屋もすごく大きな図書館はあるんですけど、蔵書も少なかったり、古かったりするんです。図書館は亘理駅の横にくっついているお城の中にあるんですよ。図書館を見たときに、めちゃくちゃ住みたいって思ったんですよね。駅から歩いて10 分くらいのところに住んでいます。私、車の免許を持っていないんですよ。それで昨日受けたけど落ちたんです。88 点で(笑)。早く取らないとせっかく教習所通ったのに期限が切れちゃう。

三重県で働いているときに「免許がなきゃ生活できない」って言われて(教習所)に通いました。でもみんなが言うほどに「免許はいらない」と思うんですよね。電車もあるし、いざっていうときはヒッチハイクすれば良いと思ってるし。まだやったことないですけど(笑)。

こっちでウーバー(Uber)やったら東京より流行ると思います。ウーバーってタクシーなんですけど、携帯電話で呼んだら近くを走っているドライバーが来てくれるんです。アメリカから出たサービスで、香港や東京でも主流になってきています。値段設定も安いです。自分も運転手も登録して、お互い評価し合うんです。この前、GRAの仕事で香港に行ったんですけど、ウーバーで呼んだらBMWで来て驚きました。自分の車だそうです。いい車だと評価が高いですもんね。そういうのがこっち(山元町)であったらいいなと思うんですよね。軽トラでも良いですから迎えに来てくれたらいいですよね。

アリゾナ

GRAとは別会社の「GRAアグリプラットフォーム」に所属して、新規就農支援をしています。(4 月から正式所属)資材の管理とか、発注関係とかやっています。それと海外に行く担当をしていて、明後日も香港にミガキイチゴとムスーっていうお酒を持って、弾丸の1 泊2 日で行ってきます。あとショップもやっていたり、イチゴ狩りも担当させてもらっているので、ミガキイチゴを世界で知ってもらいたいし、山元を知ってもらいたいって、すごく思います。

今まさに復興の真っ最中ですから、国内だけでなく海外の人にも来てもらいたいし、山元の商品とか製品を出して認知度を高めたいなと思います。なんでかと言えば、多分、そこに住んでいる人や携わっている人が好きだからだと思います。このGRA 周辺を歩いているとアリゾナなんじゃないかと思います。

駅からGRAまで歩いてく途中の写真を撮ってお母さんに送ったら、「アリゾナか!」って帰ってきたんですよね。私もそう思っていました(笑)。サンフランシスコやカリフォルニアにはイチゴも多いし、なんとなく親近感がわくんですよね。日本語の本で『ストロベリー・ロード』っていう本があるんですけど、それを中学生くらいの時に読んだんですね。日本から移民としてカリフォルニアに行って、何もないところからイチゴ農家をはじめるんですよ。

それにすごい感銘を受けたんです。移民の大変さとかも、自分がアメリカで差別されたことなんかとも重なることもあって。そのときその本がすごく衝撃的だったんですよね。農業というか、開墾していく情景というのが意識の中にあったかもしれないですね。

見た目が好き

知れば知るほど、イチゴって面白いんですよね。この前まで(三重県で)漁業に携わっていましたけど、漁業とは違うんです。魚は海で勝手に育つんですけど、農業は育てるんですよね。その違いはあるなって思っています。面白いですよね。それをIT で制御したり、これだけの規模になっていくっていうのは(GRA は)流石だなと思います。

イチゴ栽培って「土の上に苗があって実がなっている」っていうイメージでしたけど、最先端は「こうなっているんだ」って知りました。イチゴだけじゃなくてトマトとかもそうですけど。農業の経験は一切ないので、すべてが初めてなんです。私は「バカ舌」なので美味しいか、まずいかしか分からないんですけど。

GRAのミガキトマトは食べられる

実は私、トマトって食べられないんですけど、(GRA の)ミガキトマトは食べられるんです。めっちゃ美味しいですよ。自分が好きになれるものを売るのが良いですよね。好きなことやっていた方が良いと思います。イチゴのフォルム、かたちが好きですね。色も可愛いし、見た目が愛らしいじゃないですか。

そこが好き。見た目が好き。魚より可愛い(笑)。山元町に来るにあたって、給料とかもそんなに高くないっていうのもあって、お米と野菜は保証するって言われたんです。現物支給する、と。まだもらってないんですけど(笑)。米と味噌と醤油があればなんとかなりますよ。私、料理がすっごい得意なんです。だいたい自炊しています。

マクロビ

去年、マクロビオティック(マクロビ)の料理教室に行っていました。すごくマクロビにハマった時期があって。それで電子レンジ捨てたんですよ。「電磁波反対」みたいな感じで。でも今はすっごく後悔しています(笑)。当時すごく体調が悪かったんです。アレルギー体質で花粉症なんですけど、それを治すためには「体質改善しかない」って整体師の先生に言われて。一通り(マクロビの)考え方とか料理法と勉強して面白かったですよ。

私、ヤマザキパンのアップルパイがこの世の中で一番好きなんです(笑)。みんなに「エーッ」って言われますけど。マクロビの人には怒られます。今はそんなにマクロビ的な食生活ではないんですけど、調味料には気をつかっ
ています。ゴマ油とか、醤油とか、味噌とかは丁寧につくられたものをつかっていますね。こちらに住んで困ることって電車が少ないことと鯛焼きが高いってことぐらいな。

電車は1 本乗り遅れると遅刻っていうハラハラ感がありますよね。鯛焼きを130 円で売っていることが信じられない(笑)。そんなに鯛焼きが好きってわけでもないんですけど。美味しいんですよ。でももっと安かったら嬉しいなって思います。量販店で売っていないものの値段が高いんですよね。あと食事をするお店の少なさと値段の高さがちょっと気になりますね(笑)。(レストランの)全体的なレベルが上がったらもっと住みやすく、楽しくなるのかなとは思います。

聞き手:橋口博幸

関連情報

GRAアグリプラットフォーム
http://gra-ap.co.jp/
株式会社GRA
http://www.gra-inc.jp/
山元ミガキハウス
http://migaki-house.com/

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